完全試合「達成寸前」交代劇に対する議論が熱いようで

先日の完全試合「達成寸前」交代劇について、世間ではえらく言及されているようで。

中日優勝も「オレ流」のKY継投 「これが野球か」と批判相次ぐ
http://www.j-cast.com/2007/11/02012917.html

主旨としては、「落合監督の決断について野村監督はびっくり、ネットで議論沸騰、一部の関連ジャーナリストが激しく批判」というものだ。

記事はこれだけじゃない。ネット上でいろいろ書かれているのを目にしているし、テレビのワイドショーでもラジオでも同じような話が繰り返され、意見がまっぷたつに分かれているという結論で終わる、なんてことが一時期続いていたようだ。

そういやとあるテレビ番組が、番組内で視聴者アンケートを採ったところ、ぴったり50%対50%の比率で落合監督の決断に賛成、反対が別れたそうな。

私の記事はhttp://d.hatena.ne.jp/kumashige/20071101/1193918444

実は私も、テレビで試合を見ていて大声を上げてしまったんですがね。「替えるのかまさか!?投げさせろよ!!」と。球場では山井コールの連呼だったし、ファンの気持ちは分かってた。プロ野球ファンなら誰だって見てみたいさ。

今日の時点で、公式戦最後の完全試合は元巨人の槙原投手なんですが、実はあのとき、最後のボールをさばき、槙原投手を完全試合に導いた選手こそが当時、選手として巨人に在籍していた落合監督だったのです。多くの巨人ファンがあの光景を覚えているに違いない。

……ハッ、まさか、落合監督は自分の「最後の記録的瞬間」を長く記憶させておきたいと思い、今回、自軍の完全試合を止めたなんてことは………なんて勘ぐったりして。

なんにせよ、替えたあとの岩瀬の投球も悪くなくて、終わってみれば完全試合と同じ内容となっていた。

忘れてはならない事実は、この試合は完全試合に匹敵する偉大な記録を出した、ということだ。交代した岩瀬が一人でもランナーを出したなら、今よりずっと袋だたきに遭っていたことだろう。でも岩瀬は山井の跡を継いで、監督の期待にも応え、完璧に抑えた。

冷静に考えてみれば、その試合が見られただけでも十分歴史的瞬間を目にしたと言える。純粋な完全試合としての記録にはならないけど。

私は山井投手が投げ続けても完全試合が成立したと思う。でも替えたことを批判する気にはなれない。結果は確かに完璧だった。

是非はともかく、あの決断は珍現象として後々まで語り継がれるだろうね。ウィキペディアの「完全試合」の項にも参考記録として記載されている。


ウィキペディアの「完全試合」の項(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8C%E5%85%A8%E8%A9%A6%E5%90%88)に興味深い参考記録があった。

連続34人をパーフェクトに抑えながらも敗戦投手。

達成日 投手 所属 スコア 対戦相手 球場 備考
1970年9月26日 江夏豊 阪神 0−1 中日 阪神甲子園球場 2回2死から延長13回まで連続34人を抑える。

味方、打ってやれよ!

究極の投手見殺し……と言いたいところですが、2回までにランナーを出したみたいなんで、完全試合とは縁遠いんだけれども。

それにしても世の中、探せば珍現象と思えるものは意外にたくさん見つかるものだ。一世紀経つ頃には記録のオンパレードでしょうな。そうなると今回の件など珍しくも何ともなくなってしまう。こういうのはホットなうちに騒いで楽しんでおくのがファンとして正解でしょうかね。