FC版のドラクエから漠然と感じること

DQとFFの対比は昔から尽きることなく繰り返されている。なんというか、私も共感するところがあって考えるたびに面白さを感じる。でもきりがない。

ドラクエについて。

http://d.hatena.ne.jp/lovepotion/20080310/1205165508

  • インターフェースが優れている。経験したRPGジャンルの中ではナンバーワンだと思っている。でも実は骨格がシンプルなればこそだと思う
  • 牧歌的でのんびりしている。ゲームとして乾いた感じがなく、大味な感じがなく、つい遊びたくなる優しさがある
  • 主人公サイドには無個性の中に個性が描かれていて、あのキャラが好き、ができやすい
  • ドラクエの主人公には自分がなりたい。FFやウィズの主人公には自分の好きなファンタジーキャラクタを割り当てたい
  • 陶酔を深める音楽は前を向き、広大な荒野や深い洞窟に向いている。寂しさや自虐感とは無縁

まあ、漠然と感じてることばかりなんで、深入りは避けますが。

FFはファンタジーしてはいるけれど、退廃的で内向的なファンタジーな傾向があってファンタジーとして割り切れない侘びしさ切なさがある。DQはファンタジーの二乗くらいファンタジーしてる感じがする。まさに王道というか。

愛らしい妖精だの精霊だのを活躍させるならFFよりDQな感じがするけれど、実際に召喚術という概念が頻繁に出てくるのはFFの方で、DQの方は無縁なのも面白い。他にも対比がたくさん。

……考えるだけで何時間も経ちそう。やめた。ワシは考えるより作る方を選びたいんじゃ。いいとこ取り大好き。

Windows環境でバイナリつくっちゃおーっていう人って、最近は絶滅危惧種なんだよねー。もっと増殖するといいのだけどなー。

私もそれほど進めているわけではありませんなー。完成しなければいくら理想を語っても0点、すれば最低でも四十点くらいはもらえるのさの気持ちでやっとります。出来上がったとき、私の周りにいる人がユーザー。それでいい。

ちょっとずつ、一つでいいから、人生を通じて思うがまま何かを完成させたいじゃないか。私の作り手としての気持ちはそれだけだなあ。誰かが「コスプレは30歳まで」とか言ったり、lovepotionさんが「いつまでプログラム書いてるかは分からない」とかいつか書いてたけど、うーん、私は寿命まで開発してるでしょうな。少なくとも、開発したい気持ちを持ったまま割り切ることなく、開発できないならできないで、構想だけは練り続ける。そんな感じだと思います。どうせ私以外に私の作るソフトを作れる奴は世界にどこにもいない。作れるのは自分しかいないのだから、私がやめたらプロジェクトはそこで消える。それは勿体ない。

ちょいと主旨は違うけれど、以前Takaさんとこで見た記事「1日10分すら無いの?」(「勉強キライなのかも」http://wanderers.cocolog-nifty.com/hall_of_wanderers/2007/10/post_5ecd.html)なんかを見て共感したんですが、まあ人間は(日本人は)そうやって逃げるのが好きな生き物だからなぁ(忙しいは言い訳だが常套句でもあるから文句はない)と思う一方、「できない」宣言を出す前に、1日10分でも何かできるなら死ぬ日までやって、それでダメなら「できない」宣言を出そうとも思うわけですな。その人の生き方を表しているようで、このひと言はズシリと重い気がしたある日の夜。